エンジン音が、けたたましく森の中にひびきわたる。全身に緊張がはしる。超高速で回転するチェーンソーの刃が、杉の樹を捉える。まるで花火のようにあたり一面に弧を描いて飛び散る木くず。その一瞬一瞬を逃すまいと、みんなは固唾(かたず)を飲んで、カメラのファインダーをのぞいている。次第にエンジン音が止み、さっきとはちがった緊張感があたりを包む。切り込みの入った樹。その切り込みは「受け口」と呼ばれる。反対側の切り込みは「追い口」と呼ぶ。そこに『くさび』を、打つ。すると、次第に、大きな樹は、受け口の方向に(つまり思った通りの方向に)ゆっくりとスローモーションのように倒れ、ズドーンと地に倒れた瞬間に山を揺るがす。私たちの体の奥で、同じようになにかが大きく倒れるような錯覚。
1回目のワークショップは、参加者全員が大満足の内容でした。はじめて入る、整備なんてされていないむき出しの森。みずみずしい空気。歩くたびに、足元の草木がパチパチと音を鳴らします。ひとつひとつが新鮮な、林業家の方による森の話。倒木。間伐。汗をかいたあとのおいしいごはん。カメラを抱えての森林さんぽ。
森に暮らすひとたちにとっては当たり前のようなとある1日。それが、都会に暮らすひとたちにとっては、ささやかかもしれないけれど、とても贅沢な体験に思えます。瞬間瞬間が小さな奇跡の連続のようにさえ思えます。そういうと、林業家のひとたちは口をそろえて「こんなもん、なんでもない」と言います。ただ、とびきりうれしそうに。そんなうれしそうな顔を見ながら、私たちは、どうしたらもっと多くのひとに森に来てもらえるかを考えるようになりました。森のみずみずしさや、あの樹齢60年を越える大きな樹が倒れる時の興奮を伝えられたらと。
SNSに第1回目の倒木の様子を写真や動画でアップすることにしました。すると思いがけない反応が周辺から聞こえるようになります。「かっこいい」「私も見たい」「次いつ?」と。思いがけなかったのは、その多くの声が女性からの声だったからです。その次に「南足柄ってどこ?」と必ず聞かれます。そんな時は、都内から車で1時間。電車で2時間のところに、こんなにすてきな森があるんだよ、と返します。まるで私たちしか知らない秘密の楽園のありかを教えるかのようです。近いのに、みんな知らない。これも裏を返せば、南足柄の1つの魅力のような気がします。観光客でにぎわっている高尾山や箱根の森と違って、まだまだゆっくりのんびりすごすことができるからです。誰にも教えたくない「穴場」という言葉が合います。そのかいあってか、2回目の参加者は若者で溢れかえりました。新宿から現地までの往復の送迎バスを手配したことも大きかったかもしれません。
誰かが「ツリーハウス」が作りたいと提案してくれました。みんなで南足柄の森にツリーハウスを建ててみたい。いろいろなデザインのツリーハウスが、博覧会のように立ち並ぶ森の公園。こどもだけではなく、おとなたちもワクワクと童心に返って遊べるような森林公園があったら素敵です。
ツリーハウスに合いそうな樹をみんなで探しに行こう。と、さっそく、南足柄の林業家の杉山さん。自身の森を案内していただき、ワークショップに集まったみんなでああでもないこうでもないと言いながら、樹を見ながら森を歩きます。ハウスの地盤となる長くて太い枝が必要です。または二股に分かれているとか。あとは高ければ高いほど見晴らしがよさそうです。大きさはどれくらいがいいかしら。そこに住みたいだの、そこでビールを飲みたいだの。途中、道端になっている木の実をかじって「苦い苦い」と笑いながら、ひたすら森の中を歩くだけなのに、こんなに楽しいだなんて。
森をたくさん歩いてお腹がペコペコになったところで、バーベキューをしました。南足柄の畑でとれた野菜やお肉、隣町の山北で作られる地酒『丹沢山』をいただきながら、南足柄の方たちとの交流をはかります。お肉は「ジビエ」として、鹿肉と猪(いのしし)肉も用意しました。鹿や猪は、畑を荒らす害獣として、猟師さんが仕留めたもの。なかなか手に入りにくい都心では高級食材です。鮮度がよければ、その独特なくさみ、食感、脂味がクセになると、近頃ファンも増えています。南足柄の森でも害獣はとても大きな問題で、その解決の糸口、考える「きっかけ」として、まずは食べてみることに。これを上手に調理して、おいしく提供できるお店が南足柄にあったら、とてもよいなあと思いました。普段なかなか食べられないジビエや新鮮な野菜、お肉。2回目も全員大満足のワークショップになりました。今回とてもよかったのは「食」の充実です。「おいしい」という体験は、とてもシンプルですが、強く思い出に刻まれるのだと気づきます。
つづく